
東京・井の頭池には、今も静かに語り継がれる“白蛇伝説”があります。
水の神をめぐるこの物語は、親の祈り、娘の献身、そして神への帰還という、人と自然の絆を象徴するものです。
池のほとりを歩くと、風が水面を撫で、白蛇が通り抜けていったような神秘的な気配を感じます。
それは、かつてこの地に生きた人々の祈りが今も息づいている証なのかもしれません。
Contents
井の頭池の主、白蛇伝説
祈りのはじまり
「どうか、私たち夫婦に子供を授けてください」
むかし、子供のいなかった世田谷の長者夫婦が弁財天に願をかけました。二人は毎日のように池のほとりに通い、線香をあげて手を合わせました。
雨の日も風の日も、「子を授かりたい」という一心で祈りを続けたのです。
奇跡の娘の誕生
ある夜、夢枕に弁天様が現れ、やさしく告げました。
「あなた方の願いは届きました。まもなく授かる子は、私の化身にして池の主の心を宿す子でしょう」
やがて生まれた娘の首筋には3枚のウロコがあり、夫婦は驚きながらも心から喜びました。
娘は美しく賢く成長し、「まるで弁天様のようだ」と村中の人々に慕われました。
別れの瞬間
16歳になった娘は、涙を浮かべてこう言いました。
「じつは、わたしは池の主の化身です。人の姿で過ごす時間はもう終わりなのです」
その声には悲しみと覚悟が混ざっていました。娘は両親に深く頭を下げ、静かに井の頭池へと身を投げます。
水面の波紋の中で、その姿はみるみる白蛇へと変わり、やがて池の奥へと消えていったと伝えられています。
長者夫婦が祭った宇賀神像
悲しみと再会の声
娘を失った長者夫婦は深い悲しみに包まれました。
食事も喉を通らず、日々池のほとりで娘の名を呼び続けたといいます。そんなある夜、池の中から優しい声が響きました。
「いつまでも悲しまないでください。わたしはこの池の中から、お父さんとお母さんを弁天様とともに見守っています」
その声は水の中を渡る風のように穏やかで、夫婦は涙を流しながら夜明けまで手を合わせました。
宇賀神への奉納
翌朝、二人は娘の魂を慰めるため、人頭蛇身の蜷局(とぐろ)を巻いた宇賀神像を弁財天に寄進しました。
宇賀神は穀物と水の神で、人の知恵と自然の力を併せ持つ象徴。その姿は、娘が池の神として再び生まれ変わったことを示す“祈りの形”でした。
白蛇の再来
伝承によると、夫婦が宇賀神像を奉納したその夜、池の上に白蛇が一匹現れ、静かに水面を滑るようにして消えたといわれています。
それは娘が神の姿となって再び池に戻った証として、人々の記憶に残りました。
白蛇は水の神の使い
神の使者としての象徴
白蛇は古くから、水の神の使い、または財運と豊穣の象徴とされてきました。その姿は清らかで、白蛇を見ると「福が訪れる」と信じられています。
井の頭池の弁財天もまた、水と芸術、豊かさを司る女神であり、そのお使いとして白蛇が現れるという言い伝えが今も残っています。
信仰に息づく白蛇の力
江戸時代には井の頭池周辺で白蛇を見たという話が絶えず、白蛇が現れた家は繁栄すると信じられました。
白蛇の白い鱗は「浄化」「再生」「光」を意味し、夢に白蛇を見た人は幸運が訪れるともいわれます。
こうした信仰は、水の恵みに感謝し、自然を神聖視する日本人の心をよく表しています。
白蛇伝説は、人々の祈りと自然信仰が重なり合って生まれた物語。その根底には、自然とともに生きるという願いが静かに流れています。
現代に残る祈りと信仰

今も息づく信仰の場所
現在も井の頭弁財天の境内には、宇賀神像が静かに祀られています。
拝殿の裏手に佇むその像に手を合わせると、どこかで白蛇が見守っているような気持ちになります。
春には木漏れ日が像を照らし、雨の日には水滴が蛇の鱗のように輝くといわれます。
白蛇伝説を受け継ぐ人々
宇賀神像の周囲には静かな時間が流れ、風が葉を揺らすたびに、まるで弁天様の囁きが聞こえるかのようです。
訪れる人々は池の水面に祈りを重ね、古の物語を感じ取ります。観光客がそっと手を合わせて去るその姿も、この地に流れる信仰の一部となっているのです。
弁天様と宇賀神、そして白蛇——三つの存在は、井の頭池を中心に“水と生命の守護”として今も結ばれています。
まとめ|白蛇が守る水の聖地
井の頭池の白蛇伝説は、ただの昔話ではなく、命と再生、そして祈りの物語です。
娘の犠牲と両親の愛が宇賀神像として形を残し、白蛇は今も池の守護神として人々を見守っています。
弁天様の慈愛と宇賀神の力、そして白蛇の清らかさが重なり合い、東京の中心にある井の頭池を“水と祈りの聖地”として輝かせているのです。
ゆっくりと池を歩けば、波紋のひとつひとつに、神話の余韻を感じることでしょう。

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